はじめに
前回の記事ではRCWAについて数式的理解を行った。
ただ、こちらの記事は元論文を参考にして作られたものであり、この論文[1]は1995年に作られたものだった。
そのため、回折格子への理解を目的に作られていて、かつ、数式的記述が多くを占めていた。
自分としては定量的理解はとても重要でこちらの論文を通して多くのことが学べたが、他人への説明に向けては定性的な理解も必要不可欠だと考える。
そこで面白そうな論文を見つけたのでこちらの解説を行う。
今回はRCWA部分のみふれたが、有効屈折率のところも面白そうなので後ほど追加解説を行いたい。
今回紹介する論文と簡単な論文の紹介
今回紹介する論文では、ナノ構造の数値モデルについての検討である[2]。
abstractを読んでみると以下のような内容となっており、様々な光学的なナノ構造解析に対する方法とそれを用いた無反射膜についての検討と示されている。
simulation, but are computationally intensive. Space-discretized methods such as FDTD and FEM output field strength results over the whole geometry and are capable of modeling arbitrary shapes. Frequency-based solutions such as RCWA/FMM and FEM model one wavelength per simulation and are thus able to handle dispersion for regular geometries. Analytical approaches such as TMM are appropriate for very simple thin films. Initial disadvantages such as neglect of dispersion (FDTD), inaccuracy i TM polarization (RCWA), inability to model aperiodic gratings (RCWA), and inaccuracy with metallic materials (FDTD) have been overcome by most modern software. All rigorous numerical methods have accurately predicted the broadband reflection of ideal, graded-index anti-reflective subwavelength structures; ideal structures are tapered nanostructures with periods smaller than the wavelengths of light of interest and lengths that are at least a large portion of the wavelengths considered.
特に今回の記事では論文内のRCWAに関連する部分に注目して解説を行う。0ベースで知りたい方は元論文を参考にしてほしい。
論文解説
ここでの解説は私見と意訳が大いに含まれています、またRCWAに関連するところを触れていきます。(5.2. Rigorous Coupled Wave Analysis, Fourier Modal Method, and Coordinate Transfer Methodより)
GayloardによるRCWAへの記述
RCWAはいくつかの著者によって解説をされていて、その中のGaylordの言説を参考に論文内では解説が始められている。Gayloardは以下のように述べている。
回折格子に対する厳密結合波解析(RCWA)は最初は平面素子に対して行われた[3]。
これらの回折格子では、回折格子の凹凸に応じて屈折率と(または)吸収率が周期的に変化するとしている。この方法では、回折格子領域内を空間フーリエ展開を行っており、回折格子の厚さ方向\(z\)によって振幅が変化する。ここでの空間フーリエ展開とフロケの条件(回折格子の凹凸の周期構造)は、波動方程式に代入され、無限の周期構造/入射平面波に対する結合波方程式として形成されている。
ここの詳細については自分の過去記事(RCWA(厳密結合波解析)法のメモ書き – たこやきたべたい,RCWA法のメモ書き-備考- – たこやきたべたい)で解説しているので是非読んでほしい。特にフロケの条件を適用する必要があるという点、無限の周期構造と入射平面波を前提に考えている点がとても重要で実際のsimの限界ともなっているし利点でもある。
空間フーリエ展開による表現を行うと、二次方程式の集合を二重の一次方程式として変換できる。
これがフロケの定理を採用した利点となる。
空間フーリエ展開の振幅は、微分方程式の係数行列の固有値と固有ベクトルとして解かれる。境界条件を課すことで、線型代数として解け、回折光とエバネッセント波の振幅を求めることができる。ここで注意が必要なのが式上では無限の空間周波数となっているが、計算機上では任意の次数までで任意の精度までの計算となっている。この解析では、よく用いられる近似(以下を無視することが多い。二階導関数、境界効果、高次波(任意の次数まで計算できる)、ブラッグ角の減衰効果、小さな回折効果)を行わない。そのため、RCWAは厳密(Riorous)であるのが最大の特徴である。
以上の”厳密な”といったところが昨今のメタサーフェイス解析にも用いられる最大の特徴となっており、注目を集めている原因だと考える。
筆者によるRCWAへの概要説明
RCWAは周波数ベースで半解析的な光学計算モデルである。このモデルでは主に透過/反射の回折次数ごとの効率が計算できる。特にsub-wavelengthの領域では、一般的に0次の次数のみを考慮する(参考のpoint参照)。この手法は横方向の周期的不均一性を除いていて、転送行列法(Transfer Matrix Method)と相似している。RCWAはsub-wavelength構造や大きな構造に有用であり、特にsub-wavelengthの波長での解析ではより簡単に解析[0次のみを考えればいいから?]ができる。
フーリエモーダル法(FMM;Fourier Modal Method)[注)model(モデル)ではなくmodal(モーダル、形式的な、形而上の)]としても知られており、非厳密なほかの手法(approximate two-wave model methodなど)とは混同されない。例えば、Multi coupld-wave theoryは境界回折効果や二次導関数を無視しているしtwo-wave model methodでは高次波が無視されている。
RCWAのフォーミュレーション
RCWA法は、計算でのモデルを離散的な形状で想定するところから始めます。回折格子では階段形状の凹凸としてみなします。この階段形状に離散化した計算モデルの図19となっています。この誘電率はフーリエ級数で記述されます。
図19:階段形状モデル図;[2][4]
このような計算にむけた構造のモデル化を行ったうえで、層間の各境界面における電場と磁場が連続であるといった境界条件を使用して、回折効率を導きます。
RCWA法の精度や計算例はHench and strakos[5]によって提供されている。[興味深い内容だが、こちらの論文はちゃんと読みたいのでまた今度読みたい]さて、実際のRCWAを掘り下げてみる。RCWAの数学的な例としてMoharamとGayloardによる論文[3]を考えてみる。この論文では正弦波誘電率関数を持つ1次元回折格子の2次元回折格子特性を計算している。図20にその模式図を表す。
図20:平面回折格子のモデル図[3]
ここで回折次数\(i\)として、回折格子入射前の領域1の電場は以下の様に記述される。
\begin{equation}
E_1 = \exp [-j(\beta_0 x +\xi_{10}z)]+\sum_i R_i \exp [-j(\beta_i x+\xi_{li}z)]
\end{equation}
ここでexpの第一項目は入射平面波、第二項目のSumは全回折次の反射光合計である。また、\(\beta_i = k_i \sin\theta-iK\sin\Phi\)、\(\xi_{li}^2 = k_l^2 -\beta_i^2\)(\(l\)は領域を表す添え字)、\(k_l = 2\pi\epsilon_l^{1/2}/\lambda\)、\(\lambda\)は真空中の波長、\(j\)は虚数、\(\theta\)は回折格子と直角な入射光としたときの入射光角度、\(\Phi\)は回折格子方向に対する角度(ここでの角度類の定義はRCWA(厳密結合波解析)法のメモ書き – たこやきたべたいを参考にされたい)、\(R_i\)は\(i\)次の反射率を表す。ここで各次数の反射率\(R_i\)についてをRCWAでは計算する。また、回折格子領域での領域2の電場は以下のように表される。このとき、すべての進行方向電場と逆進行方向電場の合計となることに注意したい。
\begin{equation}
E_2 = \sum_i S_i(z) \exp [-j(\beta_i x +\xi_{2i} z)]
\end{equation}
ここで\(S_i(z)\)は正規化された各回折次の強度を表している。また、透過波は次のように表される。
\begin{equation}
E_3 = \sum_i T_i \exp [-j(\beta_i x +\xi_{3i} (z-d))]
\end{equation}
\(T_i\)は\(i\)次の透過率を表す。ここで\(T_i, R_i\)は入射平面波に対しての回折次数\(i\)ごとに計算され、進行波と逆進行波の記述される。
回折格子領域での誘電率はフーリエ展開の形と表され、簡単な記述では
\begin{equation}
\epsilon (x,z) = \epsilon_2 + \Delta \epsilon \cos [K(x\sin\Phi + z\cos\Phi)]
\end{equation}
ここで\(\epsilon_2\)は回折格子領域での平均誘電率で、\(\Delta\epsilon\)は誘電率の正弦波強度となる。また、\(K=2\pi/\Lambda\)であり、\(\Lambda\)は回折格子周期である。この誘電率の記述は回折格子の具体的なスペックに合わせて変更されるものであり、今回の定義はあくまで例である。
ここで改めて各回折次の合計光強度は改めて、波動方程式(固有方程式)で表され、これは
\begin{equation}
\nabla^2 E_2 + \left( \frac{2\pi}{\lambda}\right)^2 \epsilon (x,z) E_2 = 0
\end{equation}
となる。誘電率や電場は回折光強度を表すために分散行列で解かれる固有方程式として記述される。
RCWAは周期構造を持つ回折格子に対してとても高い精度で計算が可能で、計算誤差は「どの程度回折格子のグレーティング構造をうまく記述できるか」「どこまでフーリエ次数や回折次数を計算するか」「計算機上での誤差」による。フーリエ-フロケの展開が使われているため、どこまで高次数を切り捨てるかが重要で、実利用上では計算機の性能とほしい出力精度とのバランスをとる必要がある。
RCWAの実際の使用例
RCWAは3次元の様々な周期構造(実際は回折格子構造が2次元に広がっている。)を持つ無反射構造の計算モデルとして用いられている。メタアトム構造として以下のような形状が考えられる:六角形、正方形構造、GRIN(GRaded INdex)、moth-eye like nipple(図21)、テーパード&角錐、ナノ錐&ナノピラー、コア/シェルGRIN、反転moth-eye。[これらの例として多数の文献がまとめられているので元論文をreferenceしてほしい。]
図21:moth-eye like nipple構造と屈折率分布[2][4]
これらの研究の多くは光学的周期、高さ、屈折率分布に注意して設計されており、平面波の斜入射特性を踏まえてメタアトムは考えられている。その結果、ある屈折率分布を達成するためのsub wavelengthレベルの構造周期とその構造の高さのデザインが無反射を達成するために重要であることがわかった。すべての研究は回折格子領域から基盤領域にむけてスムーズな実行屈折率変化をしており、これがbestな無反射特性を結果づけている。
RCWAの課題
前述のとおりRCWA法は、各層におけるモデルの幾何学的構造がx or y方向に周期的であり、変化しないことである。 これはフーリエ級数に起因する問題であり、誘電率がフーリエ級数を用いて表されているためである。しかしながら、これを解決しようとした研究もある。それは単位セル(RCWAを計算するための”1周期”)を非常に大きくし、その単位セル内に多数の構造を配置することでこれを解決しようとしたのである。
Chiuら[6]とLehrら[7]がこの技術を用いてシミュレートしている。ChiuらはTE波とTM波の結果を個別に報告しており、TE波は実測とシミュレーションが非常に一致している一方、TM波は課題が残った。こちらに関してはフーリエモーダル法(FMM)と呼ばれる方法で後ほど改善されている。これは前述したが、RCWAとFMMは同一視されている。また、Lehrらは二次元のスーパーガウス分布によるsub wavelength構造を記述し、ランダムな高さの変動を加えたところ、透過率の実測とシミュレーション値を一致させることができた。
\begin{equation}
f(x, y) = \exp \left( -\left[ a(x – x_0)^2 + 2b(x – x_0)(y – y_0) +c(y – y_0)^2 \right]^\lambda \right)
\end{equation}

見て取れる通り、次数\( \lambda \)を上げていくと矩形に近づいていくことがわかる。
さらにRCWA法の制限の一つは、非常に緩やかな傾斜を持つ形状のモデル化が難しい点にもある。これは緩やかな傾斜を再現するために非常に多くのレイヤーが必要なためである。この問題を克服するためには座標変換法(the coodinate transfer method);シャンデルゾン法(Chandezon method) or Cメソッド(C-method)がChandezonらによって提案された[9]。これらの手法は文字通り、極座標系変換を用いて緩やかな傾斜を自然に記述できる。しかしながら、Cメソッドは急な傾斜には対応が難しく、あらゆる範囲を扱うためには従来のRCWAとCメソッドのハイブリッドを使用することが推奨される[9]。
RCWAは光線追跡法、伝達行列法、有効媒質理論(EMT)および有限差分時間領域法(FDTD)を含む多くの手法と比較されており、RCWAはどのような周期と波長の場合でも機能することがわかっている。また、愚直に全部分を計算するFDTDとRCWAの結果は複数の研究者によって非常に類似していることが知られている。
Reference
[8]賈 鴻源 et.al., スーパーガウス関数とベイズ推定を用いた環境汚染物質線形発生源の同定生産研究 72,1 49-55 (2020).
Bischoff, J. Improved diffraction computation with a hybrid C-RCWA-method. in Advanced Lithography (2009).
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