回折レンズに対してのメタレンズの優位性(: Nat. Commun.論文解説記事)

光学

はじめに

本サイトでは、過去にメタサーフェス技術についての様々な記事を製作しており、メタサーフェスシミュレーション技術の理論の解説メタサーフェスシミュレーションの実際の技術の紹介などを行ってきた。

メタレンズは既存レンズと比べて様々なメリットがあるということを定性的には述べてきたが、具体的にどう優れているかについてはあまり紹介しきれていないように考えた。

そこで本記事では従来から開発されている回折レンズと比較して、メタレンズはどう優れているかを網羅された論文があったのでこの論文の紹介をしたいと思う。自分としてはメタレンズ、回折レンズともに優れていることを主張したい。

論文についての紹介

今回紹介するのはヘブライ大学のJacobらによる2020年の論文「The advantages of metalenses over diffractive lenses」[jacob2020]を紹介していく。この論文は短いながらもよくまとめられた記事となっており、Open accessでもあるのでより興味ある方は実際にこちらの論文を確認してほしい。

今回は論文の主張に沿う形で論文紹介を行う。自分の理解についても付与していきながら記事を書いていくので記事の日本語訳というわけではない。自分の理解部分については近年のupdateも含んではいるが、素人考えであるため間違っている可能性もあることを留意されたい

The advantages of metalenses over diffractive lenses

はじめに

レンズやカラーフィルタに代表される光学素子は、現代の世の中において広く利用されている。論文内でも”ミサイルから携帯電話まで光学素子が使われている”との記述がある。

2025年現在においても、光学素子は依然として活用されている。また、メタレンズの利活用もより発展しており、フェイスID用にiPhone17proに搭載されている。

図1. 従来レンズとメタレンズの比較[Metalenses: The New Key to Computer Vision?]

この採用理由には小型化にあると報告されている(図1)。この小型化というのは産業的には大きな意味を持っており、軽量化、省スペース化、高性能化、省エネルギー化、省部品化、低価格化に直結している。

一方で小型化という文脈においては回折光学素子(- 特に本記事では回折レンズを取り上げる)も小型化素子として有名である。今回紹介する論文では、この2つの光学素子の比較を行っている。

論文内によると”メタレンズが回折レンズに対して実際に何らかの利点を持つのかどうかについて議論されている。本稿では、この議論への洞察を深め、このテーマに関する私たちの見解を述べる。”と述べられている。

メタレンズとは

図2. 模式図(a)従来レンズ;屈折レンズ、(b)回折レンズ、(c)メタレンズ

メタマテリアルとは波長未満の構造を持った物体を指すが、後述するメタサーフェスと比較する形で波長未満の構造をもった3D材料を指す場合が多い。対照的にメタサーフェスはメタマテリアルの一種で、2D上に波長未満の構造を持つ材料を指す。

特にメタレンズについてはArbabiによる論文[arbabi2015]をはじめに学術分野で顕著に研究数が増加した。また、産業分野においてはメタサーフェス構造の作成にnmオーダーの加工が必要なため、リソグラフィ技術が転用されている[ナノインプリント・リソグラフィを用いたメタレンズ製造]。この技術の発展に影響されて近年採用が増えてきたと考えられる。これはメタレンズ技術を扱っているメーカーを見ると自然とわかることであり、具体的なメーカー名を挙げるとSamsung(半導体製造ファウンドリ)やCanon(半導体露光装置メーカー)、TOPPAN印刷(フォトマスクのサプライヤー)などがある。

正(集光)レンズを例にとって、各種レンズの比較を行う。回折レンズは平凸レンズ(図2.a)を模倣した光学素子であり、凸面による位相差を2πで割ったあまり(mod 2π)を構造化したのが回折レンズ(図2.b)である。この回折レンズには大きな欠点があり、色収差が大きいといった点があげられる。これはある波長で最適化したときに、異なる波長をいれたときに位相のずれた波面同士が干渉しあい、焦点位置で集光しない(≒色収差)事態が発生する。[応用物理学会日本光学会光設計研究グループ2006]

メタレンズ(図2.c)は基盤材料の表面に構築されたナノ構造(一般的にmeta-atomと呼ばれる)によって位相差を印加することで集光を行う。これは従来の平凸レンズと回折レンズのように光路差で位相差を印加するのとは対照的である。この位相差をつけるメカニズムというのはいくつかの物理的メカニズムが存在し、代表的な3つのメカニズムにはTruncated waveguide(導波路タイプ;補足だがwaveguideとだけ呼ばれることのほうが多い)、Geometrical phase(幾何位相タイプ)、Resonant/Huygens nanoantennas(共鳴/ホイヘンスタイプ)が挙げられる。

本論文では位相差のメカニズムについては本質ではないため述べられていない。そこで筆者の理解を付け加える。これらの位相差メカニズムの詳細についてはLalenneによるreview論文[Lalenne2016][arXiv]やChenによるreview論文[Chen2021]が参考になる。

タイプ名主な物理原理代表的な構造例
Truncated waveguide(導波路タイプ)ナノピラーなどを “短い導波路(waveguide)” と見なし、断面や断面積を変えることで、誘導モードの伝播定数(実効屈折率)を変えて位相遅延を制御各位置に高さ一定、断面サイズ可変なナノピラー
Geometrical phase(幾何位相タイプ)入射偏光(典型的には円偏光)状態と透過後/反射後光の偏光回転に対応する位相変化を利用ナノフィンを回転させて配置
Resonant / Huygens nanoantennas(共鳴/ホイヘンスタイプ)各ナノ構造が電気双極子/磁気双極子モード(あるいは高次モード)を持ち、それらの共鳴・干渉を使って透過位相を制御・反射を最小化ナノディスク、ナノ柱、共鳴アンテナ構造

下記2タイプについては現状は構造に対してセンシティブなため産業応用ではあまり利用されていないが、導波路タイプについてはよく使われている。一方で、これらの物理を理解するのは非常に重要で導波路タイプでも共鳴を考慮する必要もある。(参考、過去記事:メタアトムの大きさによる屈折率の急激な変化について-共鳴格子- )

図3. 各種レンズの光線の様子[Manuel2017]

メタレンズは位相の印加メカニズムは異なるが、回折レンズの一種とみなせる。ここで回折光学素子の定義を述べると光波の回折現象を指す広い意味の言葉としてされており[応用物理学会日本光学会光設計研究グループ2006]、具体的には”Diffractive optical elements (DOEs) are passive devices that redirect and focus light through the division and mutual interference of a propagating electromagnetic wave.”[Diffractive Optics – Science Direct] – “回折光学素子(DOE)は、伝播する電磁波の分割と相互干渉によって光を再方向付けし集束させる受動デバイス”とある。まさに伝播する電磁波の分割と相互干渉というのはmetalensのmeta-atomで発生させている。この従来レンズと回折レンズ-メタレンズの比較がよく表現されているのが図3となっている。従来レンズでは光線が屈折でうまく説明できていることとは対照的に、回折レンズとメタレンズの場合は光線の挙動だけでは説明がつかず、波面での説明が必要であるということがわかる。

ここで従来の回折光学素子で不可能で、メタサーフェスで可能なことを考えてみる。メタサーフェスでできることの特徴的な現象は、偏光の操作や共鳴現象を利用することで波長に強く依存させることが可能である。しかし、現状のメタレンズは導波路タイプの物理メカニズムを利用したものが多く、操作されるのは光の位相のみである。回折レンズでも同様に位相制御は可能であるため、メタレンズ特有のメリットがどこにあるかが議論の焦点となる。

回折レンズとメタレンズの比較

厚さの比較

メタレンズのmeta-atom層は数100nmオーダー、回折レンズの回折層の厚さは約1umオーダーと確かに位相差を与える層には大きさの違いがあります。一方で、これらのガラス基板は通常数mmオーダーとなっており、基盤に対して位相差を与える層は相対的にどちらも小さい。

よって、光学素子全体の厚さには大きな違いは見受けられない製造の観点からはアスペクト比(高さと細かさの比)が重要であり、どちらにメリットがあるかは明確にできない

バイナリ構造

バイナリ構造とは、回折光学素子でもメタレンズでも位相差をつけるために2値(高い/低い)の形状を付けた構造である。この論文はどちらもバイナリ構造で比較を行っている。ここでメタレンズは一般にバイナリ構造であるのに対して、回折光学素子の場合は実用的な性能を出すためには2値以上のStep数(マルチステップ)をとることが多いことに注意されたい(参考に過去にバイナリのStep数ごとの効率を書き示してある;階段の数とバイナリ回折格子の効率について)。

回折光学素子のコミュニティの一部ではマルチステップの場合においても、メタレンズより製造が簡単だと主張している。これは回折レンズの構造がumオーダーであるためである。

一方、メタレンズのコミュニティの一部ではメタレンズ構造の製造はマルチステップの回折光学素子よりも簡単であると主張している。

製造が簡単か難しいかに関しては、特定の研究グループや製造装置、専門知識に依存する主観的な差でしかないとされており、実際の場合はどちらも困難なことに変わりがない。

これは筆者の補足だが回折光学素子に強いメーカーとメタレンズに強いメーカーで俯瞰してみてみるとわかりやすい。回折光学素子に強い日本のメーカーでは大日本印刷島津製作所などが挙げられ、光学素子に強い、フォトリソグラフィを製作などの強みを感じる。一方で、メタレンズに強い日本のメーカーではCanonが挙げられ、露光装置の強みがある。ここでこれらのメーカーは一方の光学素子のみを扱っていると限ったものではないということを留意されたい

CMOSとの親和性

レンズというのはセットでイメージセンサーと使われるケースが多い。そのためCMOSイメージセンサーとの親和性というのは重要なファクターの一つである。材料の観点からは親和性に差異はない。一方で、製造の観点からはメタレンズの場合はnmオーダーの加工が必要であり、CMOS製造ライン(参考:半導体サプライチェーンの設計工程から製造工程の基礎を学ぼう)との互換性が高い。回折レンズの場合はumオーダーの加工が必要であり、MEMSの製造ライン(参考:MEMS(メムス)とはどんなもの?主な活用事例や用途について解説)との互換性が高い。

高NA化(レンズの明るさ)

回折レンズにおいて中程度のNA(~0.5)を想定したとき、回折レンズの最小周期は2λ(λは入射光の波長)程度になります。また、集光効率を70%程度を達成しようとすると、マルチステップ数は4程度必要になる。このときの最小単位は2λ/4 = λ/2程度必要になる。これは主に使われている光の波長域が可視から近赤外であることを考慮するとλは500~1000nm程度となり、sub wavelength程度~nmオーダーの加工精度を意味する。

これは回折レンズのumオーダーの加工に、nm程度のオーダーの加工精度が求められることを意味しており、高NAの回折レンズは製造が困難になることがわかる。

また、実際に高いNA(>0.9)となるメタレンズは実証されているが、本論文執筆時(2020年)には回折レンズにおいて同等の性能の実証は行われていない

色補正

回折レンズの色補正の場合は、多高次の回折次数m(~10次回折)で最適化された回折レンズですでに実証されている。その代償として、加工深さも通常のm倍(回折次数倍)になる。この手法は数値最適化手法を用いて、現在も拡張されている。

メタレンズの色補正の場合は、分散制御ナノアンテナで実証されている。この手法では連続した波長範囲に色補正が行える利点もある。一方で、先述した通りナノアンテナによる位相制御は製造が非常に難しい、光出力に制限がある、波長のダイナミックレンズは小さい。他にもカスケーディングや横方向多重化(cascading and transverse multiplexing)がある。しかし、離散的な波長補正となり、効率に劣ることが多い。

色補正に関しては、回折レンズとメタレンズともにスケーラブルが容易ではないことに注意が必要で、本論文執筆時(2020年)には小型メタレンズでの実装が支配的であるため、まだ革新の余地がある

可変型レンズの可能性

外部からなんらかの信号を印加することで、メタアトムの光物性を変化させ、自由に光学特性を変化させるメタレンズのことを可変メタレンズ(adaptive metelens)がある。詳細については日本語記事なら岩見氏による可変焦点メタレンズの論文[岩見2022]、インパクトの大きい論文にはalanによるscienceの論文[alan2018]があるので読んでほしい。

これは一部の手法については回折レンズに適用できる可能性はあるが、基本的にはメタレンズに優位性があるとされている。

偏光制御

回折レンズにおいては基本的に影響されない。メタレンズの偏光感度は幾何位相タイプにおいて顕著であり、一般的に性能の不安定性から欠点と見做されている。しかしながら、偏光で様々な応用を付加することも可能であり、将来的にはなんらかの応用可能性もある。

まとめと展望

要約すると現状のメタレンズの応用例は、回折レンズでも実現できる場合が多い。

メタレンズのナノ構造は回折レンズより自由度が高いため、今後の研究によってより伸びしろは大きいと考えられる。しかし、回折レンズもまだ革新の余地はあるためにメタレンズの研究がすべてになるわけではない。

メタレンズな自由な応用先には、イメージング、分光法、色/偏光ルーティング、チューナブルフォーカス、拡張現実の分野で多くの用途が提案されている。しかし、多くの場合では回折レンズのほうがコストパフォーマンスがいいとされている。

最後に今回の論文の記述を表にしてまとめてみた。

観点回折レンズメタレンズコメント
厚さ(Reduced thickness)回折層:~1 µm基板:~1 mmナノ構造層:~100 nm基板:~1 mmエンドユーザー視点では差は小さい。製造上はアスペクト比が課題
構造形式(Binary structure)マルチレベル構造も利用可。製造はµmスケールで比較的容易。基本は2値(バイナリ)構造。nmスケールで加工精度が必要。「どちらが容易か」は主観的で、装置やノウハウに依存
CMOS互換性(CMOS compatibility)µmスケール → MEMSラインと親和性nmスケール → CMOSラインと親和性どちらも量産可能。最近はウェハ積層技術で差が縮小
高NA化(High-NA capability)高NA報告はあるが効率は低い(理論限界~40.5%)。NA>0.9で高効率実証あり。高NAでは現状メタレンズが優位
色補正(Chromatic correction)高次回折 (m~10) で実現。ただし加工深さがm倍になる。分散制御ナノアンテナ、カスケード、横方向多重化で実現。小口径で実証。両者ともスケーラブルではなく、大口径化は未解決
可変性(Tunability)一部の方法は適用可能。多数の手法。メタレンズが優位
偏光選択性(Polarization selectivity)偏光依存性はほぼなし。幾何位相型では偏光依存性あり。欠点にも応用にもなり得る。回折レンズにはない自由度
展望(Outlook)産業化は進んでおり低コスト。自由度は高いが商用化はこれから。学術的にはメタレンズ研究が拡大中

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