はじめに
dToFとはdirect Time of Flightの略で測距センサーの一つとして注目を集めている。具体的なところでいうとiphone proシリーズに搭載されていたり、自動運転に利用されていたりする。過去にも簡単な解説記事を挙げているので参考の一助としてほしい。
定性的な数値感の説明は多くされている一方、部材選定などでなにが重要なのか理解しづらいところがある。そこで本記事ではSPADセンサーとの関連に注目して”Ranging Performance Analysis in Automotive DToF Lidars”[Xiao2025]をもとに解説したいと思う。また、本論文はAPDについても触れているがSPADのみを取り扱う。
dToFセンサーとは

図1. dToF方式イメージ図[引用先リンク:ToF(Time of Flight)技術<産業用>]
dToFは、レーザーパルスを対象物に照射し、その反射光が戻ってくるまでの往復時間(Time-of-Flight)を計測することにより、対象までの距離を算出するセンサである。図1にその模式図を示す。
このとき、対象物までの距離 \( R \) は、レーザーパルスの往復にかかる時間を \( \tau \)、空気中の光速を \( c \) おおよそ \( 3.0 \times 10^8 \ \mathrm{m/s} \))としたとき、次式により表される。
\begin{equation}
R = \frac{c \cdot \tau}{2}
\end{equation}
本式は、dToF(Direct Time-of-Flight)方式LiDARの基本的な測距原理を示すものであり、距離精度は時間測定精度に依存することがわかる。
dToFの最大測距可能距離見積もり

図2. 1回の測定におけるレーザー伝播プロセスの模式図。[Xiao2025]
レーザーはターゲット表面で反射し、最後にレシーバーで受信される。
最大測距距離を考えるにあたり図2のような状況を考える。ターゲットとLiDARとの距離を\(R\)とする。多くの場合、測距位置は遠方場とみなすことができ、レーザーの発射方向と受信方向はほぼ同一と見做せ、レーザーの受信方向と水平軸との角度は\(θ_e\)とする。片道の大気による透過率は \(\tau=e^{-\alpha R}\) であり、ここで \(\alpha\) は吸収および散乱を含む消散係数である。
受信方向とターゲットの法線との間の角度を \(\theta\) であり、受光器の単方向視野角(FoV)は \(θ_f=arctan(r_{pd}/f) \) で定義され、ここで \( r_{pd}\) は受光器の感光面(感光面が円形であるとする)の半径、\(f\) は受光光学系の焦点距離である。
距離 \(R\) における受光器の視野の断面積は \(A_r\)、ターゲット表面と交差する面積は \(A_b\) とし、太陽放射の方向とターゲット法線との角度を \( \theta_s\) とする。
レーザー出力装置からのピーク出力を (P)、レーザーのピーク放射フラックス (\tau P) がターゲット表面に入射し、反射率 (\rho) を持つターゲット表面で反射されます。レーザーの発散角は通常mrad(ミリラジアン)程度となる。以下にパラメータをまとめる。
| 記号 | 意味・説明 | 単位・備考 |
|---|---|---|
| R | ターゲットとLiDARとの距離 | m |
| θe | レーザー受信方向と水平軸との仰角 | rad または ° |
| τ = e−αR | 大気による片道透過率 | 無次元 |
| α | 消散係数(吸収+散乱) | 1/m |
| θ | 受信方向とターゲット表面の法線との角度 | rad または ° |
| θf = arctan(rpd/f) | 受光器の単方向視野角(FoV) | rad または ° |
| rpd | 受光器の感光面の半径 | m |
| f | 受光光学系の焦点距離 | m |
| Ar | 受光器視野の断面積(距離Rにおいて) | m² |
| Ab | ターゲット表面との交差面積 | m² |
| θs | 太陽放射の方向とターゲット法線との角度 | rad または ° |
| P | レーザー出力装置のピーク出力 | W |
| τP | ターゲットに到達するピーク放射フラックス | W |
| ρ | ターゲット表面の反射率 | 無次元(0〜1) |
受信光強度
LiDARによって放射されたレーザー光が対象物表面で反射され、再び受信部に到達する際の受信光強度 \( P_r \) は、以下のような式であらわされる。
\begin{equation}
P_r = \frac{P \cdot \tau^2 \cdot \eta \cdot \rho \cdot A(\theta_R) \cdot \cos{\theta}}{\pi R^2}
\end{equation}
ここで、\( P \) はレーザーのピーク出力、\( \tau \) は片道の大気による透過率、\( \eta \) は受信光学系の光学効率、\( \rho \) は対象表面の反射率、\( A(\theta_R) \) は受信系の有効開口面積(\(\theta_R\)は開口の角度)、\( \theta \) はレーザー入射方向と対象面法線とのなす角、\( R \) は対象までの距離である。
この式は、受信信号の強度が距離の二乗に反比例すること、また反射率や光学的効率によって大きく左右されることを示している。
背景光ノイズ(主に太陽光)
屋外環境下では、太陽光に起因する背景放射がLiDARの受信部に重畳され、測距性能に影響を及ぼす。
この背景光によって受信部に入射する光のパワー \( P_{rs} \) は、以下の式により定義される。
\begin{equation}
P_{rs} = E_{\text{sun}} \eta_{rs} \, \tau \, \rho \, A_r(\theta_r) \left( \frac{r_{\text{PD}}}{f} \right)^2 \cos \theta_s
\end{equation}
ここで、\( E_{\text{sun}} \) は太陽放射のスペクトル放射照度、\( \theta_s \) は太陽光と対象面法線のなす角、\( \eta_{rs} \) は太陽光の受光光学系の効率であり、その他は前述の通りである。
SPADを使ったdToFシステムのSNR計算
SPAD(Single Photon Avalanche Diode)とは、光子に反応するセンサーの一種で入射した1つの光子(フォトン)から、電子を増幅させる「アバランシェ増倍」を利用する画素構造になっている。[車載LiDAR用SPAD ToF方式距離センサーより]
dTOFに用いられる他センサーの特徴についてや比較は元論文を参考にしてほしい[Xiao2025]。
入射フォトン\(N_{photon}\)に対する\(n_{pixel}\)の画素数を持つSPADの反応(トリガーされる)するがその個数\(n_{fired}\)の期待値では以下の様に示される。
\begin{equation}
n_{fired} = n_{pixel} \left(1 – \exp(N_{photon}(\exp( -\frac{η_{PDE}}{n_{pixel}}) – 1) ) \right)
\end{equation}
ここで\(\eta_{PDE}\)(PDE: Photon Ditection Efficiency)は入射フォトンに対してSPADが反応する効率を指す。よりこの式をより具体的に読み解いていく。上式はまとめて入射フォトン\(N_{photon}\)としたが入射フォトンには背景光も考慮する必要がある。背景光の入射フォトン数\(N_{b-photon} = \frac{\tau_d P_{rs}}{h\nu}\)(\(\tau_d, h, \nu\)はSPADのデッドタイム、プランク定数、背景光の周波数)の時、背景光に反応するSPADの個数\(n_b\)は次式となる。
\begin{equation}
n_b = n_{pixel} \left(1 – \exp(N_{b-photon}(\exp( -\frac{η_{PDE}}{n_{pixel}}) – 1) ) \right)
\end{equation}
また、入射するフォトンに依存しない(暗所でも反応する)で一定数反応するpixelが存在する。この定数を暗電流(Dark count rate)と呼び、1秒間に何個反応するかの単位cpsを用いて\(P_{DCR}\)とすると、暗電流により反応するSPADのpixel数\(n_d\)は
\begin{equation}
n_d = n_{pixel} P_{DCR} \tau_d
\end{equation}
となる。これらの必要ではない信号を加味したうえで、必要なSignalのフォトン\(N_{s-photon}\)に反応するpixel数\(n_s\)は
\begin{equation}
n_s = (n_{pixel}-(n_b+n_d)) \left(1 – \exp(N_{s-photon}(\exp( -\frac{η_{PDE}}{n_{pixel}}) – 1) \right)
\end{equation}
となる。ここまではトリガーするpixel数の期待値だったが、実際は入射するフォトン数や反応する確率分布で表されるので確率分布に直した時のノイズに関する分散\(\sigma\)は以下のように表せる。(導出は元論文の追記にあります)
\begin{equation}
\sigma_{bg}^2(N_b) = N_b \exp(N_{b-photon}\exp( -\frac{η_{PDE}}{n_{pixel}}-1))
\end{equation}
\begin{equation}
\sigma_{d}=\sqrt{N_d}=\sqrt{ n_{pixel} P_{DCR} \tau_d}
\end{equation}
ここで背景光による信号の分散を\(\sigma_{bg}\)、暗電流による分散は\(\sigma_d\)となる。この論文の定義に従ってSNRは次式で表される
SNR計算の注釈
一般的に言われている定義では分母のSNR = 信号光による検出数の分散/ノイズによる検出数の分散[wikipedia]と考えるところをこの計算ではSNR = 信号光による検出数の期待値/検出数の分散としている(元論文11に)。自分の考えとしては SNR = 信号量の期待値 / ノイズ信号の期待値のRMSがより実態に近いと考えているが、今回は本論文に沿って計算を行う。
\begin{equation}
SNR = \frac{N_s}{\sqrt{\sigma_{bg}^2+\sigma_d^2}}
\end{equation}
多くの場合は\(N_{pixel}\)は\(\eta_{PDE}\)に比べて十分に大きく、\(N_{pixel}\)は\(\eta_{PDE}N_{s-photon}\)より十分に大きい。よって、小さい値を無視するとSNRは次のように近似できる。
\begin{equation}
SNR \approx \frac{N_{s-photon}}{\sqrt{N_{s-photon}}}\sqrt{\eta_{PDE}}= \frac{P_r B_{pulse}}{2\sqrt{h\nu P_{rs}\tau_d}}\sqrt{\eta_{PDE}}
\end{equation}
最大測距距離の見積もり
元論文では最大測距距離は次のように定義している。ここでDCRが無視されていることに注目されたい。
\begin{equation}
R_{max} = \left( \frac{\cos\theta\tau^{1.5} \eta_r}{2\pi \cos \theta_s \sqrt{h\nu\eta_{rs}\tau_d \cos\theta_s}} \right)^{1/2} \left( \frac{\eta_{PDE}\rho A_r(\theta_r)}{E_{sun}} \right)^{1/4} \left( \frac{P_t B_{pulse} f}{\mathrm{TNR} r_{PD}} \right)^{1/2}
\end{equation}
この数式は各パラメータの分解してわかりやすいが、もっと簡単に式変形を行ってみる。検出可能なSNRをCとしてSNRの式から変形を行っていくと空間に関する項を省くと
\begin{equation}
E_{max} \propto (\eta_{PDE}^{1/4} r_{PD}^{-1/2}) P_t ^{1/2} (\eta_r f^{1/2}) (\rho^{1/4} E_{sun}^{-1/4} \tau^{-1/4})
\end{equation}
となる。各項の説明をすると以下の表で表される。
| 分類 | 項 | パラメータ | 名称 | 説明 |
|---|---|---|---|---|
| 検出器関連 | ηPDE1/4 | ηPDE | 光子検出効率 (Photon Detection Efficiency) | SPADが光子を検出できる能力を示す指標。この効率が高いほど、感度と応答の線形性が向上。 |
| rPD-1/2 | rPD | 検出器の感光領域の半径 (Radius of photosensitive area) | 検出器の光を受け取る部分の半径。この値が小さいほど、受信視野角が狭まり、背景光の影響を抑えられるため、最大検出距離は伸びる。 | |
| 送信機関連 | Pt1/2 | Pt | レーザーのピーク出力 (Peak power of laser) | LiDARが射出するレーザーの最大出力。この出力が高いほど、ターゲットに届く光が強くなり、最大検出距離が伸びます。 |
| 受信光学系関連 | ηr | ηr | 受信光学系の効率 (Efficiency of the receiving optical system) | 受光レンズなどを含む光学系が、反射してきたレーザー光をどれだけ効率的に検出器まで導けるかを示す値。 |
| f1/2 | f | 受信機の焦点距離 (Focal length of the receiver) | 受信光学系のレンズの焦点距離。焦点距離が長いほど、受信視野角が狭まり、最大検出距離の向上に寄与する。 | |
| ターゲット・環境関連 | ρ1/4 | ρ | ターゲットの反射率 (Target reflectivity) | 測定対象物(ターゲット)がレーザー光をどれだけ反射するかを示す割合。 |
| Esun-1/4 | Esun | 太陽光の等価放射照度 (Sun equivalent irradiance intensity) | 背景光。主に太陽光とされる。 | |
| τ-1/4 | τ | 片道の透過率 (Transmittance) | 大気中の透過率。Eye safeの観点から水の吸収帯を使う傾向が多い。 |
終わりに
このように丁寧にdToFの原理が書かれた論文が発行されており驚いた。この論文を書いた方に最大の敬意を示すとともに、今後もこの結果を持っていろいろな考察を行っていきたい。



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